WB金融経済研究所


WB金融経済研究所 <活動報告003> PDF版(177KB)

平成23年12月26日

2011年末の現状認識と感想


T.海外情勢
 グローバリゼーションの進行により、日本経済の現状判断も将来見通しも、諸外国の情勢と切り離しては考えられなくなっている。
内閣府(旧「経済企画庁」)は従来から毎月1回「月例経済報告」を経済関係閣僚会議(「閣議」ではないので、日銀総裁等も参加)で行っているが、報告に添えられている資料(説明は専らこちらで行われるので、報告本文よりこちらの方が重要)の表題が11月からは「内外経済の動向」となった(従来は「会議資料」。)ここにも冒頭に記した事情が現れていると言えよう。
 よって、本稿も「海外情勢」から見ていくこととする。
 
 
(1) アメリカ
 
(イ)  リーマン・ショック後、ブッシュ・オバマ両政権を通じて、大規模な財政政策(財政赤字の対GDP比が07年2.4%から10年10.3%に悪化)と異例の金融政策(07年末FFレート4.75%から11年末0.00〜0.25%へ引き下げ)を実施したが、民間有識者は政府の対策決定当時から「穏やかな回復」に止まると見通し、実際にも若干の上下への振れを伴いながら、見通しどおりの推移となっている。
 
(ロ)  リーマン・ショック後の政策には、もう一つ「ドル安政策」があり、これにより今後5年の間での「輸出倍増」が目標とされた。この政策のもとで米国の経済収支は、対GDP比07年△5.1%から10年△3.2%とかなりの改善を見せている。
 
(ハ)  しかし、リーマン・ショックが米経済に残した傷は、住宅・不動産価格の下落によるバランス・シートの劣化であり、その意味では日本のバブル崩壊後の事情と本質的に同じである。そしてこの状況が改善を見ない限り、家計、企業ともにリスクを取って投資を行う強気(ケインズの指摘した「アニマル・スピリット」)の回復は難しいと考えられる。逆に言えば、米経済の本格的回復の鍵は、住宅・不動産市場の立ち直りにあるが、2011年末現在依然低迷を脱していず、なお3〜4年程度の時間を必要とすると見方が有力である。
 
 
(2) 欧州
 
(イ)  ギリシャをはじめイタリア・スペインなどのユーロ圏南欧諸国の政府債 務危機が未だに終息を見ることなく、特に来年初めの問題国の借換え国債の発行を控えて、目を離せない市況が続いている。危機対応のための方策としては最近においても
@  10月欧州金融安定基金(EFSF)の増額(実質的な資金規模を4,400億ユーロから1兆ユーロに増額)
A  ドラギECB新総裁により就任直後の11月と12月政策金利が2回計0.5%引き下げられ、国債利払いの負担軽減が図られた(条約上はECBの金利は専ら「物価安定」のみが目的であるにかかわらず)。
B  9月15日、日米欧の中央銀行により、民間銀行のドル資金調達を支援するため、中銀間のスワップ協定が結ばれた。
 
(ロ)  さらに12月8〜9日、情勢の根本的改善を目的としてEU首脳会議が開かれ、合意が実現したが、その内容は、次のように、市場の期待を満足させるに至っていない。
@  ECBによる問題国の国債買入れの拡大なし(ドラギ総裁が否定発言のうえに、サルコジ仏大統領の拡大期待論を「独立性の尊重」を盾に一蹴。)ユーロ版IMFと位置付けされる「欧州安定メカニズム(ESM)」の前倒し実現なし(ECBには元来危機対応機能はなく、EFSFにはECBからの借入れ制度がない。ESMは両方を備えるとされる)。
A  財政規律の強化とそのための条約改正に合意(規律強化だけで問題国に対する独の財政支援も、「共同債権」の発行もなし)。
B  民間企業への自発的債権放棄の要求は撤回(ギリシャ以外への拡大はなかった)。
 
(ハ)  市場においては、さらに、
@  ドイツを含むユーロ圏諸国の国債の格付け引下げが具体的日程に上がってきており、関係各国政府の反発(アングロサクソンの「欧州大陸」への干渉)はあるものの、実施されれば、かなり影響が生じることになる。
A  EBA(欧州銀行監督機構)がユーロ圏民間銀行の不良債権の情報公開に消極的であることから、圏外民間金融機関には警戒気運が高まっている。
 
 
(3)
 
中国
 
(イ)
 
 リーマン・ショック後4兆元の財政支出追加によりいち早く景気回復を 実現させた政府は、10年10月以降不動産バブルのソフトランディングと一般物価の抑制(目標CPI4%)を目的に、金融引締め(金利5回計1.25ポイント引上げ、準備率計 4.5%ポイント引上げ)と不動産購入の制限政策を実施してきた。
 一般物価は11年7〜9月期6.3%とピークを記録したが、11月4.2%と9ヶ月ぶりに4%台に下落し、インフレ率はやや鈍化した。また、不動産価格についても、11年11月中国人民銀行は「報告書」に住宅価格の「転換点」との見解を表明した。
 
(ロ)  米国が長く批判の的にしてきた「元安政策」についても、10年6月発表の「弾力化措置」の導入後一貫して徐々に引き上げてきており、その方針は今後も変わらないとしている。
 むしろ最近に至っては、12月2日の1ドル6.3310元の基準値をピークとして、制限幅の下限まで下落する傾向が現れており、市場では投資家の中国からの資金の引き揚げ(中国人資金の海外逃避の疑いも)が取り沙汰されている。
 
(ハ)  このような諸事情を背景に、12月5日人民銀行は、民間企業の金融へのアクセス改善を図るため、準備率の0.5%引下げを実施した(大手行の標準21%)。また12月12〜14日党・政府の「中央経済工作会議」は、2012年の経済政策の基本方針として「経済の比較的速い発展」を強調し、「成長重視」の姿勢を明確にした。
 このような政府の政策態度と12年が指導者交代年であるにかかわらず、12年の中国経済の見通しについては、11年(成長率9.2%の見込み)よりも減速するとの見方(8%程度)を中国当局者は明らかにしている。
 
 
(4) ブラジル
 
(イ)  2010年の大統領選挙の年には景気刺激政策のもとで、景気の過熱と物価の上昇が生じたため、10年末以降は引締め政策に転じた(11年1月から7月まで5回政策金利引上げが行われ、また、個人向け融資の規制措置も取られた。)そのうえ高金利に伴うレアル高が加わった結果、11年7月〜9月期にはGDP成長率が2年半ぶりにマイナスに陥り、通年の成長率も3.2%(政府目標3.8%)に止まる見通しとなっている。
 ブラジル経済は、景気、インフレ、為替相場と政策的に考慮すべき目的が多岐にわたるため、政策は勢いstop and goになりがちである。しかし他面、経済に活力があるため、政策効果がスピーディに発揮されるようである。
 
(ロ)  このような推移の中で、政府・中央銀行の政策は9月以降はすでに緩和方向に転じており、政策金利が3回引き下げられ、個人向け融資の規制、個人向け融資の課税(金融取引税)、工業品税の税率の各施策の緩和による個人消費の促進が図られている。2012年の景気は、世界経済全体が逆風の中にあるにもかかわらず、このような政策努力の効果もあり、2011年並みの成長を確保し、2013年に向けて力強い回復の足場を築くものと見込まれる。
 
 
(5) タイの洪水
 
(イ)  7月下旬からの豪雨により、北部や南部を中心に広域の洪水被害が発生した。10月に入り、アユタヤの工場団地等にも被害が拡大したが、ここには日本企業の進出工場が多く、福島の原発事故に次ぐサプライ・チェーンの分断につながった。
 アユタヤの団地は湿地帯を比較的簡単な工事で埋め立て造成したと言われ、来年以降の洪水発生を心配する声も多い。
 
(ロ)  タイは、ピムポン国王の人望が高く、政治的混乱にも安定化措置として王制が機能することから、日本企業の進出も多数にのぼっている(進出数は米国、中国に次ぐ)。また進出に当たっては、国王の近くの勢力からのかなりの支援も受けたと伝えられる。
 タイ政府は、11月、当面の処理に当たる緊急対策チームと中長期対策を検討するチームを編成し、2本立ての対応を取っているが、中長期チームのヘッドには国王に近い副首相が就任した。
 
(ハ)  洪水被害に対しては、米国はいち早くクリントン国務長官が訪問、資金協力を行ったほか、中国も内々にかなりの規模の資金協力を申し出ていると言われる。わが国政府もタイに対し本格的な支援を行う旨意志表明を行い、その体制を作り上げたことは当然とは言え、評価できよう。
 
 
U. 国内情勢
 
(イ)  リーマン・ショックからの立ち直り(GDP成長率09年△5.5%、10年4.4%)に、東日本大震災と原発事故、欧州債務危機、円高、タイ洪水(いわゆる「六重苦」にはこのほか高い法人税、高い労働コスト、厳しいCO2削減目標、FTAの遅れが含まれる。)と立て続けに冷水が浴びせられ、11年通年の成長率は△0.8%に下落する見通しとなっている。特に欧州が域内政府債務問題から景気の下落が予想され、わが国の輸出や生産の増加にもブレーキがかかるものと見込まれる。
12年も前半は現状の横違いが予想されるが、夏前には中国をはじめとする新興国の成長率の回復と国内の復興需要の本格化により、足踏み状況から脱することが期待されよう。
 
(ロ)  従来財政赤字の増大がもたらす問題としてあげられてきたのはインフレや長期金利の上昇や民間資金のクラウディング・アウトであった。ところが今回の欧州の政府債務危機は、それらを超えて「国家の破綻」そのものに至るという新しい次元の問題を提起している。
 その意味でもわが国の「社会保障・税の一体改革」はまさに「待ったなし」の課題となっているが、年末の政府の検討状況を見ると、有識者会議のとりまとめに基づいて政府が決定した社会保障改革(重点化の効率化)ですら、先送りに次ぐ先送りの状況にあり、欧州に学ぶ気概など微塵も見られないことから、市場の反応が思い遺られるところである。
 
(ハ)  野田内閣のもう一つの課題にTPPへの参加問題がある。
 TPP拡大の動きの中で今や主導国となった米国の意図が
@米国にとっても成長需要がアジアの成長取り込み以外に見出し得なくなっていること
Aアジアにおいて反中国ブロックを形成すること、の二つにあることは自明であろう。
 しかし、上記の@は他面から見ればグローバリゼーションの徹底であり、「新自由主義」の拡大でもある。現在、国内の新聞各紙の論調をみると、朝日を含め全国紙はすべて「支持」、他方地方紙はすべて「反対」という分布となっており、これは中央経済界と地方経済界の利害の対立をそのまま反映していると見ることができる。
 
 
V. 下村治理論再読
 
(イ)  朝日新聞(11月23日朝刊)が共産党の志位和夫委員長に一頁全段ブチ抜きのスペースを与え、宇野重規東大教授(政治思想史)と対談させているのが目を引いた。志位によれば、ジョージ・マグナスという人物(元UBS役員)がブルームバーグに投稿して「現在の危機の本質を知りたければ、マルクスを読め。資本主義は生産の拡大(つまり成長)を追求するが、他方社会的には必然的に富裕層と貧困層の二極分化を生む結果、生産に見合う需要の不足が起ることになる。今日の状況はこのマルクスの予言どおりである」と主張しているとのことだ。
 TPPは、米国が資本主義のこの矛盾をグローバリゼーションの徹底によって解決しようとするものだが、いずれ矛盾がグローバル規模で起こるだけで真の解決にはならないというのがこの対談の趣旨と受け取れる。
 
(ロ)  確かに現在、米国、欧州、日本で起こっているデフレ現象は、ウォールストリート近くの公園に集まった若者たちも主張したように、雇用のミスマッチというような経済の一時的部分的技術的歪みなどではなく、システム全体の問題だという一面を持っていることを否定し難い。
 1985年のプラザ合意の時期に下村治博士が「日本は悪くない」という本を書いた。直接的には、米国が自国の財政赤字と高金利を棚上げして日本に円の切上げを求めるのは誤りだと主張されたものである。しかし、今欧州の政府債務危機やTPPを巡る対立の中で、この下村氏の生涯最後の本を再読すると、彼の所論は、「持続的な経済成長は、財政も国際収支も民間設備投資も個人消費もそれぞれバランスを取りつつ拡大していかなければ実現せず、その采配ができるのは(一国の)政府だけだ」と読めるのだ。現在の海外経済と国内経済の問題を考えるとこの下村理論が提起する視点は重要だと考えるが、どうであろうか。
(了)


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